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親の雑誌 電子版は、家族のための自分史作成サービス『親の雑誌』から生まれた、人々の人生を綴った人生メディアです。全ての人にはかけがえのない価値があり、その人が歩んできた人生は、たくさんの出会いで誰かの人生とつながり、この時代を織りなしています。お一人お一人が生きてきた人生にぜひふれてみてください。

ブドウに情熱を注ぐ

子どものころ  生まれたところは山梨県勝沼町内です。5人兄弟の二男でした。父が炭屋を経営していまして、実業家として成功した立派な人でした。炭を運ぶために馬を二頭飼っていたから、小さいときから馬の世話をしたり、炭を運んだり […]

阪本辰治
+9

捨身の覚悟で、仕事に挑む

生まれ、子ども時代  昭和10年、福井県で生まれました。三里浜のあたりです。裏の山が織田信長に討たれた朝倉義景の最後の山なんです。集落の入口に乱橋というのがあるんですけど、乱橋というのは織田軍に押されて兵がそこで乱れたっ […]

佐々木睦雄
+15

共に喜び、共に悲しむ

お寺での生活  生まれたのは五反田の病院って聞いてるんだけど、物心ついたときには、青梅の福昌寺っていうお寺に住んでたんですよ、疎開でね。本堂には地獄の閻魔様の絵があってね。いつも4月になると飾られるんだけど、それがおっか […]

坂理泰幸
+7

今できることを今やる

生い立ち  昭和19年に、日立市の河原子町で生まれました。終戦前に自宅が空襲で焼かれてしまったので、宮城県の父の故郷に疎開して、それからまた日立に戻ってくるんですね。父は宮城県の山奥、伊具郡耕野村生まれで13人兄弟の五男 […]

横山クニ子
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周りの人に私は生かされている

生まれたころ  私は大正15年、新潟県の佐渡市で生まれました。島なので風が強くて、風よけの林で家を囲っていました。佐渡は、雪はそんなに積もらないんですが、寒いんですよ。弟のおしめを干しておくと翌朝には凍ってしまうんですね […]

大場ヤエ
+4

足るを知る

両親のこと  生まれは滋賀県東近江市、昔の八日市市です。14歳上の姉、4歳上の兄の3人きょうだいの末っ子です。父は滋賀県蒲生郡日野町の出身で、母親は死ぬまで八日市市で暮らしました。父は、高崎の大きな作り味噌屋で番頭をして […]

寺田芳雄
+6

幸せってね、どこにでもあるんだよ

生い立ち  生まれは昭和21年。雪深い、新潟県中頸城郡中郷村の出身です。現在の上越市中郷区。隣が妙高市の山の村です。自宅で産婆さんに取り上げられたけど、2月か3月に生まれて体が小さくてかわいそうだということで、暖かくなっ […]

小俣文宣
+8

他人に泣かされても他人を泣かせない

生い立ち  昭和4年に生まれました。男4人、女4人、8人きょうだいの4番目です。生まれた梅北家は代々続いた旧家で、250年前の墓もあります。墓は6基あったんですが、3年ほど前に私が1つにまとめました。今は墓石だけ残して、 […]

梅北四郎
+14

今日はこれからの人生で一番若い

生い立ち  昭和4年に荻窪で生まれました。兄3人と姉1人がいて、私は末っ子です。母の袖をいつも持っているような子どもで、姉にもベッタリしがみついておりました。姉とは3つ違いで、姉は静岡で生まれましたので、富士子といいます […]

藤田美保子
+23

いつでも、全力投球

開戦の年に生まれて  昭和16年に、母の実家がある南安曇で生まれました。同じ年に開戦し、12月8日がパールハーバーの日だったと思うのですが、それからすぐに父が出征したんですね。それで父が戦争から帰ってきたのが、昭和21年 […]

神山民江
+12

地域医療に貢献し続ける

商家の次男として生まれる  生まれは昭和14年です。松本市内で生まれました。松本城のすぐ近くです。おやじは、自転車や車のタイヤの卸業をやっていました。私は次男坊で、長男の兄が家業を継ぎました。株式会社カミヤマというのです […]

神山公秀
+11

人間万事塞翁が馬

生い立ち  1951年に香川県高松市で生まれました。4人兄弟で、男は私だけです。実家はカメラ屋でした。父が戦地から復員してすぐにカメラ屋を始めたんです。街頭写真といって、商店街で歩いている人の写真を勝手に撮って、欲しい人 […]

高城雄三
+15